その14
   

 翠は不思議な子だ、というのは、前もって聞いてはいました。
 医者好きだそうです。というよりは極度の人間好きというべきでしょか。診察台でもイイ子にしてて、医者にも愛想ふりまくそうです。
 人語も解すそうです。
 触っちゃいけないものに手を伸ばしてるとき、「みーくん、ダメ!」と言うと、そーっと手をひっこめるそうです。ホメられるのは大好きで、「みーくん、かっこいい!」と言うと、嬉しくてしょうがなくて腹出して転がったり、得意げに走ってポーズきめたりするそうです。
 そして、モテたそうです。
 同じ路上生活集団に、サガンちゃんという美女がいました。発情とは別次元で、猫の世界にも恋はあるようです。サガンちゃんに惚れられ、尽くされ、なのに、「惚れるなよ、おまえが傷つくだけだぜ」と、シブくキメてたそうです。
 そのくせ、甘えんぼだそうです。なでてもらうの遊んでもらうの大好きで、他の猫ばかり世話していると、「かまってくれぇ!」と頭から体当たりしてくるそうです。
 一体どんな子なのか、わくわくしながら待っていました。
 そして我が家に、翠が到着しました。

 キャリーから出てきた彼は、いきなり、喉鳴らしながら膝に乗ってきました。
 初対面です。ゴハンで釣ったのでも何でもありません。
 鼻キスもしてくれます。胸にしがみついてきます。顔こすりつけてきます。床に横になってみたら、腕の下にもぐりこんできて腕枕で寝てくれて、仔猫独特の、あの、前足モミモミをしてくれます。
 夫婦ふたりで、一発で、翠にイカレました。

 心は飼い猫。しかも最高の愛されてきた子です。それでも体は、路上生活者のものでした。
 抱きしめると、わかるんです。きれいな毛皮の下は、無数の生傷だらけでした。さぞ痛かったろう、さびしかったろう。人間と一緒に眠れるのが嬉しくてしょうがないらしくて翠は、一晩中ダンナのふとんで、興奮して眠れなくて、喉を鳴らしつづけていました。

 FIVは、怖い病気ではありません。
 人間には絶対に感染しません。猫同士でも、血が出る咬み傷からしか感染しません。グルーミングや食器の共用でも感染しません。陰性猫と同居したとしても、平和に家の中で暮らしていれば、ふつうは血が出るほどのケンカはしないので、めったなことでは感染しません。
 FIVで怖いのは、感染ではなく発症です。発症するまでは普通の健康体です。そして翠は現在、感染はしてますが発症はしてません。ストレスのない生活させれば、寿命まで発症しないこともあります。翠は丈夫で元気が取り柄ですので、いかにも長生きしそうなタイプです。
 これならイケる。最高の里親さん、つかめるはず。
 確信しました。

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